2009年12月17日

Asian Musics in an Asian Perspective           (アジアの伝統音楽)

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みなさんは、民族音楽と聞くとまずどんな音楽が思い出されるでしょうか?
最近では民族音楽と呼ばずに『ワールド・ミュージック』という呼び名が定着しているようですが、私はあえて民族音楽という呼び名の方がしっくりくる感じがいたします。
本日の売れない本の話は昨日に引き続いて民族音楽の話です。さて、前回までのあらすじは私がおかしなトーテムポールを作成して悪魔祓いをするまでお話しましたが、今日はその悪魔が再び甦って善良な村人たちを地獄に突き落とすまでのお話。

私がバラフォンの魔力から逃れたのち、近所の商店街で福引がありました。私はお惣菜と本を買ったらついてきた福引券5枚を握り締め、弛緩しきった面持ちでガラガラを回しました。
ところが、ガラリと回した途端、金の玉が出てきました。
なんと1等賞が出てしまったのです!1等賞の商品は3泊4日香港の旅です。
さっそくパスポートを申請して香港旅行の旅に出ましたが、香港の醍醐味はなんといっても道教の国ですから琵琶や楊琴、二胡の演奏は非常に洗練されたものがあります。私は現地でウイグルの胴に蛇革が張られた三線と二胡を買いました。バラフォン時代にはピグミーの音楽が好きでしたが、興味がアジアの方に移ってまいりますと、ベトナムのセダン族の地琴や1920年代の雅楽、田辺尚雄が採集した台湾のタイヤル族の首切笛演奏、ミクロネシアのトラック島の鼻笛演奏や世界各国の口琴の音、エスキモーの歌唱法、韓国のシャーマン音楽に夢中になりました。どれも音がボロボロでお世辞にも録音状況はいいとは言えません。
ですが、曲ではない音がそこには渦まいているようで私は回り続けるレコードの前でうっとりする日々を過ごしていたのです。

さて、本日の売れない本はそうしたアジアの伝統音楽を豊富な図版とともに紹介した大著です。ただし英文なのがちょっと残念ではあります。
監修は民族音楽の旅する権威、小泉文夫、徳丸吉彦、山口修のお三方。
本書は主にインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア、日本の楽器で構成されています。
表紙からもうかがえるとおり、東南アジアはもちろんのこと、非常に珍しい日本の楽器も写真入で紹介されています。
梓弓の演奏方法、奈良の神前楽器である二弦琴の八雲琴、信州跡部に伝わる踊り念仏のときに使用する鐘、荒神琵琶、フィリピンのミンダナオ島の口琴クビン、インドネシアの二胡レバーブ、タイの三弦ツィターのチャケー、フィリピンの竹楽器ビリンバウ、同じくフィリピンの鼻笛トンガリ、今ではだいぶメジャーになったアイヌの口琴ムックリなどなどが基本音階付き、楽器の寸法図付きで紹介されています。
巻末には76年にナショナルシアターで開催された音楽祭の曲目を採譜したものが載っています。
ですからその楽器を手に入れれば同じ曲が演奏できるというわけです。

音楽はもしかしたらこうして本を買って読むものではなくて、ただただ聞いたり、ひたすら演奏したりするものなのかもしれません。
身体や心で潜んでいるものなんかを押し込んだり、引っ張り出したり、時に応じて私たちはいろんなことをしているのだろうなぁ、とこうした本を紹介することの野暮ったさを最近いつも感じているのです。
野暮と矛盾がいっしょになっているような、私はこうした音楽に触れるたび、更なる自分の訳のわからなさを自覚します。
みなさんは好きな音楽に触れるとどうなるか、その音楽を聴かずに今度ゆっくり考えてみてはいかがでしょう?
普段音楽が自分のどこで鳴っているかが聴こえるかもしれませんから。

売れない度 82%

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2009年12月16日

アラスカに原始芸術を探る

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今日はお正月も近いし、特に紹介したい本ももうないので、私が古本屋になる前の話をしたいと思います。
印刷屋で働いていたある日のこと、仕事を終えた夕方、電車の窓からいつも見えるアフリカ風の民芸店で民族楽器を買いました。
それはバラフォンと呼ばれる木琴でした。
本当は東南アジアの竹で出来た竹琴、アンクルンや、ラオスのひょうたんでできた笛が欲しかったのですが、バラフォンはその大きさも迫力があるし、なんといったって生命感に溢れている感じがしたので、思わず買ってしまったのです。
当時、民族音楽について勉強していた私は暇さえあればはるか彼方の奥地で繰り広げられる未知の音楽に思いを馳せているうちに、どんどんどんどん現実から乖離していきました。
現実から離れた私の部屋は数多くの民族楽器でいっぱいになりました。そうしてときおり自分がどこかの原始民族になったような気分に襲われ、ちり紙交換の車が通ったりすると、低い唸り声を上げたり、ご飯を食べるときに行儀の悪い仕方で食べたり、部屋の中でのろしを上げて近所の人に消防車を呼ばれたり、物を買うときには私の部族(妄想)のなかで最も高価な干草と物々交感するようにと店員に迫ったりするようになりました。
でも、そんなことを続けていても本当の原始民族にはなれるわけもありません。
かりになれても、地元のフリーペーパーに紹介されるくらいなもので、私自身を知る、という目的からは程遠いような気がすることに、バラフォンをガンガン叩きながらなんとなく気がついたのです。
そんなことに気がつき始めたある日、バラフォンを叩く撥のゴムの部分が切れてしまいました。
現実に戻った私は早速、その撥を作ろうと近所にあるホームセンターへ木を買いに行きました。
どうせ撥を作るならいろいろ装飾したほうがいいし、何より魔よけの効用もあるほうがいいと思いまして、いろいろな原始美術の本を紐解き、デザインを参考にし、何より私自身の『現実クソ食らえ』の魂をその撥に精魂込めて彫刻刀で彫り上げたのです。
出来上がったものは顔が幾重にも重なり、手も結構な数が生えており、肝心の顔のつくりは、不細工なモアイが重なったような、触れるのもおぞましい奇怪なトーテムポールでした。
トーテムという言葉は元は北米インディアンの『チッペワ』という言葉だそうです。
動物の精霊みたいなものでしょうか。熊には熊のトーテムがあるように、その人にはその人の動物の形を借りたトーテムがあるのです。
ですから私の作り上げたトーテムはたまたま恐ろしいトーテムでした。
できた撥を何度も握り締めながら、将来私が大工さんになることがあったら、会社の名前は『トーテムハウス』にしようと密かに思ったものです。
今では押入れの奥深く、その撥はバラフォンの上にひっそりと置かれ、悪魔のビートを紡ぎだされるのを今か今かと待ち望んでいます。
正気に戻った現在、私はあの一連の所業が私の人生に必要不可欠な名状しがたい気持ちの表れだったような気がするのです。
そういうときって誰にもあるじゃないですか。
これからもきっとあると思います。
良くもあり、悪くもある、形容できる全ての表現を飲み込んでいるあのなんとも言えない気分。
そういう時、私は動物みたいな顔をしているのではないかなぁと本の埃を取りながら思うのです。

売れない度 96%

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2009年11月16日

第2回泪橋古書展終了のお知らせ

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いつも『古書ことば 売れない本の紹介』をご覧いただき真にありがとうございます。
さて、先日行われました『第2回泪橋古書展』にご来場くださったお客様方にこの場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。
本当にどうもありがとうございました。
あいにく両日ともお天気には恵まれませんでしたが、本を選んでいるお客様やあの空間の雰囲気をただただ楽しんでおられるお客様のお顔を眺めることができただけで、私たちはあの会場で古書展を開催した意味があったと思います。
前回ご来場いただいたお客様と同様、今回来ていただいたお客様に『次はいつやるの?』、『またやってもらいたいねぇ』等うれし涙のお言葉をいただきましたが、次回いつやるかはまだ決まっておりません。
私たちの人生がいつもそうであるように、あればあった、なければない、ただそれだけのものだと私は深く思います。
二念を次げばロクなことはありません。
今回泪橋でお買い上げいただいた本が、このお正月に暖かい部屋でページを繰られているのかと思いを馳せるだけで、私たちはほんのちょっと暖かい気持ちになることができます。
この度のご来場、まことにありがとうございました。
古書ことばのみならず、東部下町の古書店ともども、どうぞご贔屓のほどよろしくお願い申し上げます。
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2009年10月15日

脱・コンピューターストレス

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公園や街路に繁る草木や葉の色も次第に移り変わってまいりました。
めっきり秋も深まり、物思いに沈みやすくなってきましたね。
本屋にとっては『読書の秋』などという歯の浮くような台詞でもってお客様の購買意欲をわきたてようとしますが、物思いに沈んだまま帰って来れなくなる方は、季節はあまり関係ないかもしれませんね。
おそらく天才の一種です。是非ともそのまま考え続けて欲しいです。

ところで、考えるといえばきまって出てくるのが人生の問題。
嫌いなピーマンをどうしたら食べられるようになるか、携帯電話のかけ方が分からない、パソコンで文章を打つときに小さい『つ』はどうしたら出るのか、パソコンには血が通っていないからどうしても好きになれない、パソコンだけではなく機械全般が私に対して敵意を抱いている、コンピューターが私の人生をめちゃくちゃにしているようだ等、このように生きていると必ずぶちあたる諸問題が解決できませんと、フラストレーション、つまりストレスが溜まるわけです。
みなさん、ストレスはどのようにして解消しているのでしょうか?
私のリサーチによりますと、女性陣はラーメンやスイーツのドカ食い、ぶ厚い電話帳を引きちぎったり、重いものを放り投げたりしてストレス解消をされる方が多いようです。
かたや男性陣は、公園でブランコに乗ったり、夜中に神社の社に忍び込んだり、裸になって警察の人に注意をされたりして主なストレスを解消したりしているようです。
ストレス解消は人それぞれですが、問題の根幹となっているストレスを作り出すもの、これをなんとかしないと本日の売れない本がいつまで経っても売れない本のままになってしまうのです。

本日取り上げるのは皆さんお待ちかねのコンピューター本。
つまり現代社会の大敵、どんなに間違っていることでもプログラム通りに頑強に押し通し、深刻なエラーを最初から抱えておきながら商品として売り出される無責任の権化、下手に何でもできるおかげで責任の取り方だけはプログラミングされていない玄人はだしの働く責任転嫁、おまけにロクでもない計算だけは間違わず、1+1=2の本当の意味を永遠に知ることができなくて、人間のために作られたにも関わらず人間以上のことが出来ているのか出来ていないのか全く分からないおりこうさん、本書はこの悪魔のようなコンピューターが人間にもたらす甚大な精神的ダメージをいかに回避するかということが切々と書かれているのです。
常々思っていることなのですが、こんな非人道的なものと友達になろうってほうが人間を馬鹿にしているとしか思えません。
でも、会社で働くおとうさん、おかあさん、おにいさん、おねえさん、いろんな人がこの忌々しいコンピューターと孤独な戦いを日夜繰り広げているかと思うと、私はやりきれない思いで一杯です。
やりたくないのは分かっている。でもこのコンピューターで行う仕事が共通言語だと決められてしまっているならばそれに従うほかないのが私は悔しい。
私はコンピューターが嫌いなんだ。でもやるからにはきちんとやっていきたいと思ってる。
しかし、しかしだ。そんな優しくてちっぽけな人間にもこのコンピューターという無機質な物体は冷たい。
だが、負けてはいけない。いかにコンピューターとの軋轢を少なくして人間らしさを取り戻すか、それは人間にしか出来ないことなのだ。
そもそも相手にしているのは人間じゃない。
こいつは人間じゃないんだ、コンピューターなんだ!
落ち着け!184ページを見てみろ!『コンピューターに腹を立てない』とあるじゃないか!
モニターの見すぎで疲れたら首を回してリラックスしたり、少し表の緑をみたり、机と椅子を変えてみたり、ほんの少しの体操やちょっとした食生活、そういった当たり前のことがここには書かれている。
コンピューターがなかった頃には当然のようにやっていた世界とのコミュニケーションを思い出すために、今こそ読まなければならない。
人間としての最後の尊厳を取り戻すのだ。
コンピューター・ハルマゲドンを目前に控えて名もなきレジスタンスに捧ぐ。そして声高に叫ぶんだ!
『俺はロボットなんかじゃない、れっきとした人間なんだ!』
人権宣言、ここに極まれり。

売れない度 86%

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2009年10月10日

RETURN OF NAMIDABASHI 泪橋古書展・また

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いつも『古書ことば 売れない本の紹介』をご愛読いただきまして真にありがとうございます。売れない本ばかり紹介していて一体何になるのか、お前の小話など読みたくないからとにかく本の紹介しろ、意味のない文章を綴ってそのどうしようもないブログを自費出版し、名実共に『売れない本』というタイトルで一部の人を煙に巻きたいのですか等々、日々寄せられるご意見の数々、ありがたく頂戴しております。
それらのご意見、全くもってごもっとも!
ところで、先日、ポルトガルの作家、フェルナンド・ペソアの本を読み返しておりましたらこういう一節に目を奪われました。
『人生は、人生の表現をだめにしてしまう』
ははぁ、なるほど。人生を真面目に生きようとすると、何かについて表現するという考えはあんまり頭の中にはいりませんね。つまり、『余計な事は考えねぇで、さっさと手ェ動かせ』ってことでしょうか。
逆に人生の表現ばかりに気を取られていると、まるで他人の人生を生きているかのような、およそ他人事のような人生を生きることになってしまうのかもしれません。
でも人生ってのは人生の表現と同じことのような気もしますなぁ。
とにかく、私は古本屋なので、その仕事を全うすればいいということなのです。

時に来る11月の13日(金)・14日(土)

大変ご好評をいただきました泪橋古書展が帰って参りました!

今回は私、日頃のご愛顧を少しでも恩返ししたいと思いまして、勉強させていただきました。
なんと、古書ことばの文庫は全品90円です!90円です!
本を粗末にするなー!
ほかにも絵本や黒っぽい本、その他なんだかよく分からない本を沢山放出いたします。
場所は前回と同様、南千住の東部古書会館で開催いたします!
出店されるお店はどれもアクの強い品揃えで皆様のご来場を今か今かと待ち望んでいます。
もう臨戦態勢です。何も取って喰おうだなんてこれっぽっちも考えておりません。
前回のご案内でずいぶん迷われた方もいらっしゃったことと存じます。
場所の位置もさることながら、不案内な地図にてご迷惑をお掛けいたしましたことを深くお詫び申し上げます。
さぁ、みなさん、手帖の11月13日と14日、赤丸にてチェックすることを忘れずに!

http://maps.google.co.jp/maps?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GFRG_jaJP310JP310&um=1&ie=UTF-8&q=%E6%9D%B1%E9%83%A8%E5%8F%A4%E6%9B%B8%E4%BC%9A%E9%A4%A8&fb=1&gl=jp&hq=%E6%9D%B1%E9%83%A8%E5%8F%A4%E6%9B%B8%E4%BC%9A%E9%A4%A8&hnear=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD&cid=0,0,10983513408161024866&ei=2OzPSp6mMMKBkQWZs6H3Aw&sa=X&oi=local_result&ct=image&resnum=1&ved=0CAgQnwIwAA

※フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』(澤田直訳編、思潮社刊)から抜粋しました。
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2009年09月26日

自分探しの本

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砂美はいつでも上の空だった。我を忘れた、という形容がしっくりと当てはまるくらい、あてどもない顔つきをしている。一日中ぼんやりしていることもさして珍しいことではなかった。どれくらいぼんやりしているかというと、まるで顔に霧がかかっているような、目鼻がどこにあるのかもわからないくらい、ぼんやりしているのだ。
よって同僚達は顔がはっきりしない、誰だかよく分からない、という特徴の無さから彼女を認識するのだった。
いわば彼女は『特性のない女』だったのである。

しかし、そんなぼんやりさんも喫茶店『オイリー』のウェイトレスをしているときは、心ががらんどうのまま仕事をするわけにはいかなかった。
注文を聞いたり、美味しいコーヒーをドボドボ淹れたり、お釣りの勘定を間違えたりしなければ、何も心がすっからかんだろうが、頭がお留守だろうが、そんなことは関係ない。
とにかく砂美はずーっと上の空だったのである。
端から見て砂美は何も頭に入っていない、何かに心が突き動かされているようにも見えない風に思われているが、実は砂美は砂美で自分が自分であることに常日頃から深い疑問を抱いているのを自覚した上でこのような生活態度を取っているのだった。
その証拠に、時折砂美の中でとある発見が起きると、彼女は人目もはばからず白目を向くのだった。
同僚達がそうした砂美の異様な自己認識について考えが及ぶはずもなかったが、同僚からはあまりのぼんやりぶりに一目置かれていた。
ある日のこと、砂美は同僚の鉄子からこんなお誘いを受けた。
『ねー、砂っち。今度の日曜日に向かいの喫茶店の男の子たちと合コンやるんだけど、一人じゃ心細くって一緒に行ってもらえないかな』
『別にいいですけど』
『『いいですけど』ってどっち?OKってこと?それともNO?砂っちはぼんやりしてるからわかんないよ。だって全然表情が雲に隠れててわかんないんだもん』
砂美は一瞬嫌な顔をしたが、顔全体が霧に隠れているので鉄子には悟られることはなかった。すぐに上の空に戻るとこう言った。
『オウケイ』

日曜日になった。
女は鉄子と砂美、男も2人。なかなかの好男子である。
『じぁあ、あのー自己紹介から』
おずおずと鉄子は積極的な調子を装い切り出した。
『あたしは鉄子っていいます。鉄は製鉄の鉄です。こっちは顔はよく見えないけど、あたしの同僚。さ、砂っち、自己紹介』
砂美はその時までいつものように上の空だったが、自己紹介という言葉を聞いた瞬間、自分には何も紹介するものを持っていないことに気がつき、白目を向きそうになった。
そして今ここで白目を向いてはせっかくの合コンを台無しにしてしまうという砂美の良心が表れ、『自己』『自分』『私』という言葉を出さずに何かこの空気をやり過ごすことはできないかと思案した。
砂美が他人のためにここまで頭を働かせることは滅多になかった。
もとい自分のためでもあった。

しばらくの沈黙の後、砂美は声を震わせ自己紹介を始めた。
『えー、人生には三つの袋があります。お袋、胃袋、堪忍袋です。この3つの袋を大切に、自分の人生を、自分、じ・ぶ・ん…あわわわー』
バターン!
砂美はショックのあまり白目を向いて口から泡を吹き出し椅子ごと後ろにひっくりかえってしまった。
そして気がつくと店のソファーに寝かされていた。
それでも砂美は考えることをやめない。眠りから覚めた砂美はやはり、また自分という夢の中に突入する。
ぼんやりしているように見えるが、このぼんやりはもともと自分のものだからだ。
もしかしたら、いつかぼんやりしなくなるときが来るのかもしれない。
でもぼんやりしようがはっきりしようが砂美はその瞬間自分が生きていたことを感じる。
鉄子は目覚めた砂美にやさしく語りかける。
『さっきの男の子たち、砂っちのこと、面白いねって言ってたよ。『また合コンやろうね』だって』
『うう』

その日から、砂美の顔を覆っている霧は以前よりいっそう深くなり、さながら宇宙の深淵のように、日々を追うごとに凄みを増していった。
やがて頭部は無くなり、その代わりに真っ暗な雨雲がちょこんと首の上に乗っている。

最近、私が人づてに聞いた話によると、黒い霧の砂美に好きな人が出来たそうだ。
その恋が成就するしないはともかくとして、何はともあれ喜ばしいことである。


売れない度 99%
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2009年09月09日

PAUL BOWLES FOTOGRAFIEN

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ときに皆さんは、歩いている内に自分がどこにいるのか分からなくなってしまう、ということがあるでしょうか?こうした時に限って時間はどんどん過ぎていき、焦れば焦るほど道に迷ってしまうものです。
約束の時間に間に合わない!という申し訳ない気持ちは益々募り、あらゆる物が自分の行く手を遮っているかもしれない、という被害妄想にも似た気分になる方もおられるのではないでしょうか。
私もよく道に迷います。でもよく考えたらどこに向っているかいつも分からないので、この場合迷っているとは言わないのかもしれません。
だいいち、自分が何処へ行こうとしているのか分かっている人なんているのでしょうか?
ついでに私は何処からやってきたのか?ていうか私は誰なのか?
誰なんですか?そんなこと他所に聞いても分かりっこない。
名前呼ばれりゃ返事もするが、わたしゃ誰だか知りません。
さて、誰だか分からない人が何処だか分からない所へ向っています。
目的地とは言うものの、(何に)近づいているのか、同時に(何から)遠ざかっているのか、何やら判然としないものが浮かび上がってまいります。
もちろん(何)というのは目的地に違いありませんが、実際に移動しているのは道を求めて彷徨っているご本人です。
目的地というのは私にはどうも、これから向おうとしている場所以外にあるような気がしてならないのです。
必ずしも目的地=場所とは限らない。
といいますのも、時々私には目的地にたどり着いたにも関わらず、到着した瞬間に遠ざかって行く様な気がする時があるからです。

本日の売れない本は、もう戻れないところまで来てしまった、という感慨だけが残る奇妙な話を書き続けた男の写真集です。
男の名前はポール・ボウルズ。アメリカで生まれ、その生涯の半分以上をモロッコで過ごした人です。代表作の『シェルタリング・スカイ』は世界の最果てまで来てしまった夫婦の話ですが、その他の作品も作家本人に負けず劣らず謎めいています。
本書はその伝説の作家の日常を垣間見る貴重な写真と作家自らのエッセイが収められています。残念ながら本書は独語なので、少々限定されますが、それを補ってあまりあるほど写真は豊富です。ボウルズ自身が撮った写真もありますが、やはり隠遁生活をしているように見えて、交友関係は幅広かったように思えます。ウィリアム・バロウズやギンズバーグ、グレゴリー・コーソ、ブライオン・ガイシンといったビート・ジェネレーションの作家達との記念写真、アハメッド・ヤクービを始めとするタンジールの青年たちとのスナップ・ショット、お互いに影響を与え続けたタンジールの物語作家、モハメド・チュクリやモハメド・ムラーベト、年老いたジェイン・ボウルズ、そしてタンジールの日常風景、海水浴、エトセトラ、エトセトラ。
一見してその不吉な作風とは全く違う世界を生きていたように思えるこれらの写真群は彼の目的地が自分自身であったことを彷彿とさせるようにも思えるのです。
近づけば近づくほど遠ざかり、遠ざかりながら無限に近づいていくもの、それこそ私たちが辿り、戻れないところまで行かなければならない目的地なのではないかと深く思うのです。
かつて見たことのない人生、謎めいていて、時に光り輝き、奇妙で切ななくてどうしようもなく陰惨で愛に溢れた人生。
私たちは誰もがその道を辿っているような気がします。
全255ページ。モノクロ。

売れない度 89%
posted by ことば at 21:28| ポール・ボウルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

怪奇!ミステリーチャンネル24

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みなさんは会社とか仲間内の話題に乗り遅れないために、どのようなところからとっておきの話題を仕入れているのでしょうか?
手っ取り早いところではインターネッツやら、テレビ、ラジオ、女性雑誌、駅の中にタダで置いてある雑誌とか、ケータイとかワンセグとかブルーレイとか、適当に絵とか文字が10円とか100円払って映る奴とかでしょうか。
そこまでしなければいわゆる『空気がよめない』人間のレッテルを貼られてしまうのであれば、大いに結構。
『お前らは情報に踊らされているだけなんだ!』という捨てゼリフを残し、いっそのことそうした友達と手を切り、自ら情報発信基地となって毎日ロクでもない嘘をつき続けるか、あるいは山に篭って神通力を身につけ、世界中の株価をテレパシーで操作できるようになっても友達は一人も増えません。
さて、巷で最近流行しているものに『都市伝説』というものがあるらしいのです。
ところで、今気が着いたのですが、読者の皆様の中にはこのブログがいつもワンテンポ遅れた話題を取り上げているようにしか思えない時があるかもしれません。
わざとらしく見えますが、わざとではありません。
さよう、私もまた、古い情報がしばらくたってから染み入ってくる、という稀有な体質の持ち主なのである。
これを今どきの分かりやすい言葉で『時代遅れの男』という。

本日の売れない本は都市伝説というかオカルト関係の記事を集めた本ですよ。
ミステリーチャンネル24というと、あたかもそのようなテレビ番組があったのか、と思わせぶりなタイトルはテレビとは何の関係もありません。で、24という数字も本書の記事が24あるから24とつけただけ。
肝心の内容はというと、この本の表紙にもなっている青森県にある『石神さま』と呼ばれる200トンの巨石の紹介に始まって、ハイチに生存するといわれる身長50センチの地底人ジュジュ、千葉県の1600億円の埋蔵金があるといわれる十三塚で発掘者が次々と狂死するたたりの話、日本に存在したルルドの泉、有名な殺人鬼テッド・バンディ、福島が舞台となった『金蛇さま』信仰をめぐって起きたヘビ人間事件、京都市は瑞雲院にある稚児如来像の髪の毛がバンバン伸び続ける話等々、どのチャンネルも見所満載!
中途半端な知らない世界が続々登場しては、あなたを欠伸まじりの夢心地へと誘います。
怪談の季節はとうに終わりましたが、爪を切りながら、あるいは空豆の皮をむきながらでも読める安心感がこのミステリーチャンネルにはあります。
どんなテレビ番組よりも俄然アツイのがこのミステリーチャンネル!
アナログ放送は2011年7月を持って終了します。
みなさん、チャンネルはそのまま!
次回の放送はありません!

売れない度 92%
posted by ことば at 18:07| 玄関開けたら四次元 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

現代の竜宮城はどこにあるか

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今でこそ景気が悪いせいで行かなくなったが、それこそ仕事が終るとキャバクラへみーんな繰り出したもんなんだ。
昨日は錦糸町、今夜は小岩、明日は浅草なんつってな。
で、売上ぜーんぶ飲んじまうんだ。なんたってお前、古本屋なんて昔は儲かったんだよ。
お前、俺は今、こんな昼飯の蕎麦茹でたり、くしゃみして一日終わっちゃうような仕事に見えっけど、そんなことなかったんだから。
なんつーの、一冊ン万するようなのがバンバン売れたんだ。
ウソじゃねェ。
俺が稼いだのは全部ションベンになっちゃったけど、よそんところのホラ、あの老舗のなんとかって本屋なんかすげーんだから。
羽田空港の大鳥居作ったのあいつだっていう噂があるくらい稼いだってんだからよ、お前。
なぁ、そんでよ。その俺の知ってるキャバレーってのが傑作でよ、『ウラシマ』っていうんだよ。社長の名前も浦島太郎ってんだ。現代の竜宮城だよ、あれは…。さしづめねーちゃん達は亀だな。亀様だ。
ところでお前キャバクラ行ったことあんの?
何、ない?今度連れてってくれよ。
あ?行ったことないから分からないって?
じゃ俺が連れてってやっから金出してくれよ。お前店の前で帰っていいから。
まぁ、いいや。そんで俺が昔行ったキャバクラってのがこれが不思議なとこだったんだよ。
今日はヒマだからその話をしてやるよ。
え?前に聞いたって?うるさい!聞け!
俺が本屋やる前の話でな、その昔、俺は深い山奥で薪を売って暮らしていたんだよ。
その日も握り飯をこさえて薪を切りに行ったんだ。
ずいぶん暑い日でよ。あんまりカンカン照りだったもんだから、俺は腹減ってきちゃって早めにメシにしたんだよ。
ところが切り株に座って握り飯を食おうとしたら手許から転がっちゃったんだよ。
山は急斜面だからさ、そのおむすびもどんどん転がっていくんだよ。
すげー勢いだよ。お巡りが見たらまず捕まえるね。そんくらいはえーんだ。俺は必死で追いかけた。
だって、転がる先に何があるのか知りたいだろ?俺は道歩くときはいっつも下向いて歩いているんだ。
だって空見たって何もありゃしねぇ。たいてい何かあるときは下か前か後ろだからな。
ちょうどこんときは下だったってわけ。
でそのままずーっとおむすびを追っかけていって、ずーっと追っかけていって、まだ転がってんだよ。
ずーっと、ずーっと追っかけていったら、山の麓を過ぎて町ん中に出ちゃった。
俺はそれまで山から一歩も出たことがなかったもんだからどうしていいかわかんなかったよ。
皮肉なことにおむすびはそこで止まった。夢中で追っかけてたときには気づかなかったが、もちろん泥だらけでとてもじゃないが食えたもんじゃない。
がっくりと肩を落としてさぁこの先どうするかと思って、ふと前を見るとゴミ捨て場にたくさん本が捨てられていたんだよ。
手にとって見たらお前、ビジュアル満載だよ。
よっぽど普段の行いが良かったんでしょうな。
おお、こりゃ勿体無いと思ってな。今から山に戻るのも無理だし、このまま本をどこかに隠して、そんでなんとか食いつなごうと思ったらいつの間にかこうなっちゃってた。
えっ?キャバクラの話はどうなったかって?
何言ってんだ、さっき言ったじゃねぇか、お前の金で行くんだよ!
お前の『時』はそりゃ、俺がこないだ貸したもんだ。

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posted by ことば at 22:05| ビジネスの神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

人間関係

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そもそも『人間関係』という言葉自体、何を指し示しているのか石子には皆目見当がつかなんだ。
よって趣味のトーテムポール作りも目標の108個まであと7個というところで中断されしまったくらい、彼女にとってこの問題は切実であったのだ。
自分の中にある問題を外に見出せるはずはないということもちらと頭をよぎったが、とりあえず何らかのヒントにはなるかもしれないと思い、駅前にある喫茶店のウェイトレスに聞いてみた。

『すいません。ミルクシェーキひとつ』
『申し訳ありません。それは当店では取り扱っておりません』
『じゃぁ、ブレンドでいいや』
『おそれいります。180円になります』
『ねぇ、あたしたちって何関係なの?』
『え』
『店員とお客の関係?それともコーヒー関係?あんたのつり銭を渡す指があたしの手のひらに触れたから肉体関係?あんたと私の間には何があるっていうの?つまりこれって人間関係?』

喫茶店『オイリー』に入って間もない砂美は、自分が今まで抱えてきた問題が今正に眼前にあることに驚愕し、絶句した。
というのも砂美が今の仕事についたのは以前に勤めていた会社での『人間関係』にほとほと愛想が尽きたからだった。
だが、砂美は『人間関係』なるものを築いたとも、築かなかったとも思えなかった。
既に人間はその会社にいたからだ。ところが数少ない友人に会社を辞めた理由を説明するときはきまって『人間関係』のせいにした。
自分が嫌だと思ったのは形があったものなのか、あったとしたら何なのか、あるいは目に見えないものをあたかもあるかのように錯覚していただけなのか。
それについて砂美はうまく言うことができなかったのである。

『ねー、コーヒーまだですかー』
『あっ。すいません』
砂美は本分を忘れていた。彼女はここでは喫茶店のウェイトレスなのだ。
慌てて淹れたコーヒーに自分の顔が映っている。砂美は思った。
私がいないとこの顔も見れないし、この変な人にも会えなかったのか。
時にうんざりしたり、光り輝いたりするのはこれか。

コーヒーを飲み干して眠れなくなった石子はその晩、一気に残りのトーテムポールを彫り上げた。
煩悩の数だけ作られたそれらは翌日の朝に石子自らの手によって全て燃やされた。

売れない度 84%

posted by ことば at 11:36| 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする