
(上底+下底)×高さ÷2
これは言うまでもなく台形の面積の計算公式である。
この台形あるいは円、その他様々な面積の出し方を中学校で学ぶ。
そのとき初めて広さは数値であるという非常に残念でもあり不安定な実感を掴むのである。
この広い世の中において、私が占める地球上の面積は足のサイズにして28だ。
馬鹿の大足と呼ぶそうだが、現在私が問題にしているのは私の足の大きさではない。
人間が地球上にしめる実際の面積は例え寝転んだとしても、その人間の大きさ以上でも以下でもない。その面積はその人間そのものであるといえる。正座をしているときは脛と足の甲が地球に触れているその人間の面積だ。ところが、不思議なことに私はそんなことは思ったこともないが、実に存在の薄い、という形容が似合ってしまうような人間が世の中にいるそうである。
その人はその人の足のサイズにおいて地球の面積を占有しているにも関わらず、である。
薄い、とは何事か。これは実に由々しき事態だ。
存在しているにも関わらず、存在が薄いだと?本当にそんなことが?
そこでまず測らなきゃならん。もしかすると、彼あるいは彼女は実に薄い紙のような体をしているかもしれない。
この広い世の中だ、何があっても私は驚かないぞ。
体が薄ければ存在が薄いのは道理に叶っているように思える。
だが太っている人間を存在が太いというであろうか?存在が太いというのは聞いたことがない。
私は早速ある人間にアポをとって駅前の喫茶店で待ち合わせた。
『なるほど、君か。みんなから存在が薄いといわれているのは』
彼ではなく、彼女であった。外見は多少地味だが、なんということはない。ごく平均的な20代半ばの女性である。
『はぁ、そうなんです。なんででしょう?一生懸命やっているのに。おーいおーい』
『何も泣くこたぁないよ。ま、これで涙でも拭いて。じゃ、とりあえず足の面積を測らせてもらいますよ』
私は地理実習に使うメジャーを取り出してテーブルの下へもぐった。
『いきなりなんですか!ちょっと!このおじさん変なんです!誰か!ギャー!』
私はやましいことをしているわけではないのに、また警察に通報された。これで今年に入って5度目だ。
ところで、彼女は女の子らしくその身長には平均的な足のサイズであった。
ではなぜ存在が薄いのか。あるいは存在が濃いということが起きるのか。
そしてそれは計測できるものなのか。
その人がその人であるというからには、容姿はさることながらその人ならしめるあるものがあるはずである。
それは目に見えるようで見えない。見えているのかもしれないが、はっきりとは掴めない。
こうしたことを考えている内に私は自身がまるで存在していないかのような、存在自体よくわからないように思えてきた。
全く理解がつかない問題だ。
私は拘置所の中で早速ある人物に手紙を書いた。
『拝啓 足立ミステリアンチーム所長殿 私は今、警察に拘留されています。それというのも世界の存在の秘密をあと一歩で掴めるか掴めないかというところで、あっ。今看守がやってきました。どうか私の研究の続きをお願いします。これはあなたのきっとお気に召すミステリーだと思います。最後にもしよかったらお菓子の差し入れをお願いします。一生のお願いです。 草々』
先日、以上のような奇怪な手紙と日記の切れ端が私の事務所のポストに投函されていたのであった。
なるほど。世界を測る道具は山ほどあるのに、肝心の存在を測る道具はどこにもないということか。
しかし、人間も世界の構成要素として存在しているならば、地図というものは一体何を測り、指し示しているのか。
謎は深まるばかりだ。彼のミステリーを解き明かしてやりたい。
私は着の身着のまま静岡行きの電車に飛び乗った。どうやらこの鍵を握っているのは浜名湖のウナギのような気がしたからである。
昨日から何も食べていなかった。ウナギが食べたい!あと柴漬けも!
ウナギのことを考えすぎて私の胃は既に逆流し始めていた。
つづく。
売れない度 98%