2009年05月07日

KANSAI JAPANESE

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ある晩のことです。私は狭い台所で好物のポテトサラダをこしらえていました。
しばらくボールの中でかき回しているうちに、サラダは完成したのです。
あんまりおいしそうだったので、私はボールに顔を近づけ、思わずこう言ってしまいました。
『私はポテトサラダが好きです』
部屋の中には私しか居りませんので、その奇妙な告白は誰の心をも打ちませんでしたが、その『私はポテトサラダが好きです』という言葉は果たして他人にも言葉として通じるであろうかという妙な疑問が沸き起こりました。
ポテトサラダが好きなのは分かるが、その気持ちを人に伝えるときに、私はポテトサラダの何を知っているのだろう。あるいは私はポテトサラダのおいしさが好きなのであって、ポテトサラダが好きなわけではないのかもしれない。
では私を掴んで離さないポテトサラダとは何物なのだろう。
遡ること10年前の出来事でした。このようなことばに対する基本的な不信感があって、本屋を始めるときに皮肉の意味もこめて屋号を『古書ことば』にしたというのは全部ウソ。
話は本題、本日の売れない本は翻訳の翻訳本。どこの言語もそうですが、地域によってまるで違うことばが使用されています。我が国日本でも思い浮かべるだけでも沖縄弁、博多弁、岡山弁、青森弁、新潟弁、北海道弁などが簡単に出てきます。東京は江戸弁なんていうのが言われていますが、いまどきべらんめぇ調でお話になるのはあんまり品がよろしくありませんよね。
さて、本書はその方言の中でも最も世界に知られているであろう大阪弁、そして京都弁、広島弁の喋り方に関する本です。著者のペーターさんはボストンのフリー・ライターですが、アジア(たぶんウエスタン・ジャパン)に1984年から1991年の7年間滞在していました。
たった7年間で日本の方言を人に教えるようになったとは並大抵の語学力じゃないでっせ。
ちょっとページをめくってみますと、シチュエーションによって分けられておるようや。

例えば、レッスン1、スタンダード・カンサイ・ランゲージ。
その内のワン・センテンス。
大阪の男性が飲み物と食べものを頼むシーン。
W(ウェスタン・ジャパニーズ):onechan biiru ippon moraemakka?
E(イースタン・ジャパニーズ):sumimasen,biiru ippon.
 Can I have a bottle of beer,please?

こんな感じがえんえんつづくんやで。ほんまかいな。
ローマ字で表記される大阪弁は何やら変なスラングのように思えてきて、これを外国の人たちはどういう風に捉えているのだろうかと歪曲される日本文化に若干の不安感がつきまといます。とはいえ、『れ』が抜けたり、『ま』が抜けたりして、増えるものもあれば抜けるものもある。そもそもことばは言葉にならないものを表現するための手段であればそれもまた趣のある妙な道具ではあります。
言葉は全て外国語だと思えば、充分に楽しめる異文化理解の手がかりには全くならないローマ字教本。
どないなっとんのや。

売れない度 91%
posted by ことば at 19:36| 言語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする