ときに皆さんは、歩いている内に自分がどこにいるのか分からなくなってしまう、ということがあるでしょうか?こうした時に限って時間はどんどん過ぎていき、焦れば焦るほど道に迷ってしまうものです。
約束の時間に間に合わない!という申し訳ない気持ちは益々募り、あらゆる物が自分の行く手を遮っているかもしれない、という被害妄想にも似た気分になる方もおられるのではないでしょうか。
私もよく道に迷います。でもよく考えたらどこに向っているかいつも分からないので、この場合迷っているとは言わないのかもしれません。
だいいち、自分が何処へ行こうとしているのか分かっている人なんているのでしょうか?
ついでに私は何処からやってきたのか?ていうか私は誰なのか?
誰なんですか?そんなこと他所に聞いても分かりっこない。
名前呼ばれりゃ返事もするが、わたしゃ誰だか知りません。
さて、誰だか分からない人が何処だか分からない所へ向っています。
目的地とは言うものの、(何に)近づいているのか、同時に(何から)遠ざかっているのか、何やら判然としないものが浮かび上がってまいります。
もちろん(何)というのは目的地に違いありませんが、実際に移動しているのは道を求めて彷徨っているご本人です。
目的地というのは私にはどうも、これから向おうとしている場所以外にあるような気がしてならないのです。
必ずしも目的地=場所とは限らない。
といいますのも、時々私には目的地にたどり着いたにも関わらず、到着した瞬間に遠ざかって行く様な気がする時があるからです。
本日の売れない本は、もう戻れないところまで来てしまった、という感慨だけが残る奇妙な話を書き続けた男の写真集です。
男の名前はポール・ボウルズ。アメリカで生まれ、その生涯の半分以上をモロッコで過ごした人です。代表作の『シェルタリング・スカイ』は世界の最果てまで来てしまった夫婦の話ですが、その他の作品も作家本人に負けず劣らず謎めいています。
本書はその伝説の作家の日常を垣間見る貴重な写真と作家自らのエッセイが収められています。残念ながら本書は独語なので、少々限定されますが、それを補ってあまりあるほど写真は豊富です。ボウルズ自身が撮った写真もありますが、やはり隠遁生活をしているように見えて、交友関係は幅広かったように思えます。ウィリアム・バロウズやギンズバーグ、グレゴリー・コーソ、ブライオン・ガイシンといったビート・ジェネレーションの作家達との記念写真、アハメッド・ヤクービを始めとするタンジールの青年たちとのスナップ・ショット、お互いに影響を与え続けたタンジールの物語作家、モハメド・チュクリやモハメド・ムラーベト、年老いたジェイン・ボウルズ、そしてタンジールの日常風景、海水浴、エトセトラ、エトセトラ。
一見してその不吉な作風とは全く違う世界を生きていたように思えるこれらの写真群は彼の目的地が自分自身であったことを彷彿とさせるようにも思えるのです。
近づけば近づくほど遠ざかり、遠ざかりながら無限に近づいていくもの、それこそ私たちが辿り、戻れないところまで行かなければならない目的地なのではないかと深く思うのです。
かつて見たことのない人生、謎めいていて、時に光り輝き、奇妙で切ななくてどうしようもなく陰惨で愛に溢れた人生。
私たちは誰もがその道を辿っているような気がします。
全255ページ。モノクロ。
売れない度 89%


